最後に

最後に、王と皇帝の違いは何だろうか。皇帝は前221年から1911年の始皇帝から清朝まで続く。春秋戦国期には、法治・郡県制・官僚制・個別人身支配・最高権力者といった性格を持つ。王と皇帝が違う字で表現されているのは、皇帝が「煌々たる」(光り輝く)という意味を保持し、次元の異なる地上統治者としての絶対性を持つ事を表している。

これは法家を大成した韓非子の『韓非子』にも現れている。この書では性悪説を「礼」によって私欲抑制すべきだとし、君主とは全てを掌握し、密告、情報網、信ずるのは我が身のみという理想人物像を描き、名実一致は正、不一致は不正という考え方を示した。

君主論については、無制約で絶対的な権威を持つと主張している。儒教の君主と違うところは、天命から授けられたものであるといったり有徳者であったり徳治主義の部分である。このような性格を持つゆえに、焚書坑儒を起こして儒家を弾圧した。これは、法家思想の皇帝専制と矛盾が生じるためである。政治論においては信賞必罰、貴賤の別なしである。民は無知無欲で支配されることに無自覚、自然状態であることが望ましいとされた。これは老荘思想と通じるものがある。老荘思想は小国の民の生き残り策として生まれてきた思想といえる。

このように皇帝の権力は永久に続くものともされた。帝政は王政に比べ、族的支配を解体し、法家思想によってより権力を確固たるものとし、統治者の権力をより1点に集中させたものといえる。